いのちと健康センター(2022/03/01 No.169)

「コロナ禍」の働きづらさ もっと、自分自身をいたわって  超長時間労働を強いられている職場で

 コロナ禍も3年目を迎えます。2年前の3月、ここまで長期的な対応を迫られると誰が考えたでしょうか。
 この間の政府の感染症対策は、科学的説明がなく、検証もしませんでした。検査や医療費抑制と保障なし要請で、ただ人流抑制と自己責任を求めた。自治体任せでくらしや働き方に大変な犠牲を押し付けました。

求められる政策転換

 政府は、保健所や病院、学校、保育所、窓口職場など「合理化」で職員を削減して様々な非正規が40%を占め、行政機能を弱体化してきたことがコロナ対策を困難にし、保健所などでは超長時間労働を強いられています。さらに、ワクチン接種や相談対応などあらゆる職場で、終わりの見えない頑張りが続いています
自公政治の積年の失政がコロナ禍で表面化したもので、反省に基づく今後の政策転換が求められます。

変化した働き方を見直す

 残業が200時間を超すような超長時間労働、捌き切れない業務に疲弊する身体、それでも休みが取れない実態に達成感さえも喪失する事態に至り、心の健康も保たれない状況ではないでしょうか。
 今回の非常事態をしっかり検証して、変化した業務内容や働き方に対応した人員体制に考え直す必要があります。そして、行政機能全般の改善と強化が求められています。

がまんは禁物

 年間の年休取得は最低5日以上、違反した場合は事業主に罰金30万や36協定を遵守し、残業は、原則月45時間、年360時間が上限などの法規制が「公務員は関係法規を守るのは当然」とする考えから適用除外とされています。その結果、昨年度、市で年休取得5日以下が211人もいます。罰金もので、市長の責任です。公務員にも法規制が必要です。
 休みたくてもコロナで年休が取れない上にコロナ対応のため長時間労働を強いられる。危機管理の観点からも余裕がある人員配置が必要です。異常な体制は変えなければなりません。我慢は禁物です。

どうだったの?テレワーク

 コロナ禍で始まったテレワークや時差出勤など様々なことについても検証が必要です。
「テレワークを行えれば感染予防になり安心だが、現場とのやりとりがあってなかなか実施できない」「通勤時間がなくて良い」「コミュニケーション不足に」など色々な意見が出されています。
 どうだったのか、どうあるべきか全体を総括して今後の方針をつくる必要があります。

食事・運動・睡眠をしっかり取る

 コロナ禍が長引く中、「これ、いつまで続くの?」「もう、耐えられない」とキレそうになる人もいます。
 自分を追いこみ過ぎていませんか。コロナのストレスは自分だけの努力では解決しません。「さあ、今日は残業はやめて心にリラックス」を。
 長時間労働は睡眠の乱れを引き起こしてストレスを増大させます。みなさんは自分で思っている以上に疲れています。定時になったら仕事を終える「食事・運動・睡眠をしっかり取る」に、切り替えましょう。

もっと、自分自身をいたわって

 コロナ禍で、人類が一度も経験しなかったような、非常事態を経験しています。「コロナで色々大変だから、頑張らなければ」と自分を奮い立たせるだけではなく「ああ、しんどい。頑張りすぎてるから、ちょっとペースダウンしよう」と、少し自分自身をいたわって下さい。

残業実態調査アンケートの声③

 昨年10月、本庁で実施した残業実態調査に寄せられた声です。

●コロナ対応は一時的な組織で対応する仕事ではない。当面業務としては継続する前提で人員及び組織を整理すべき。
●職員の病休や休職が多すぎる。2割、20%欠けており、会計年度職員では対応できない。
●人員が足りておらず、1人当たりの業務が多く、負担に感じる。課内で同様の発言をしている職員も多い 。
●時差出勤でJRの密の時間に出勤しなくてよくなり生活環境が整っていると思います。ありがとうございます。
●会計年度職員に対する仕事の責任が大きい。上司に訴えても何も職場環境がかわらない。
●夏季休のように年休の取得を徹底していただけないでしょうか。取得ノルマの周知がないととりづらいです。
 業務の量に関わらず、いまだに体調不良等でないと年休を取らない風潮が見られます。
●保健所支援に職員が駆り出されている。応援したい気持ちははあるが、感染拡大が読めない間は他局の応援業務について、保健福祉局は外してもらえないかと思う。職員が休暇をとる暇がない。
●テレワークを行えれば感染予防になり安心ですが、現場とのやりとりがあるので、なかなか実施できません。
電話の支給、PCでのテレビ会議ができれば。

つぶやき

幸せを感じますか

 だんだん朝夕の時間が長くなり、日々、明るさと暖かさを感じる3月です。早春に芽吹く蕗の薹を摘んで天ぷらに、ほろ苦くて春を感じます。輝く産毛をまとった河原のネコヤナギ、注ぐ陽ざしが柔らかい、これも良いものだ。ちょっと足もとを眺め、陽ざしを感じるのも心に余裕を創る▼先日、コロナ禍で働き方が大きく変化して離職者が増大するアメリカの現状レポ番組に触れ、響くものがあった。アメリカではコロナでの休業補償を1人35万円支給している。サービス業で働く時給千円の低賃金労働者が離職してより高い時給の職を探す。休業補償で働き方を考える姿だった▼別の人は一流の証券会社で働く女性。テレワークでビル群の中で働く必要がなくなり、郊外に引越し。自然の中で家族と触れ合う時間の大切さを感じ、自然と家族と過ごすために半分の給料だが転職。私たちの働き方も、幸せを感じる人間らしい働き方に転換することが出来ればと念じる▼日々の暮らしの中で、仕事に忙殺され、周りを眺める余裕すらない。自分の趣味を大切にすることも出来ない。幸せを感じますかと問われると、さて世の中に認められる?人に喜ばれる働き?家族に喜ばれる?金持ちになる?キャリヤを高める?はて、何とも言い難い▼幸せは安寧な日々を繰り返せる、平和な暮らしが保障されてこそだ。戦争のない暮らしが続くことが多くの人々の幸せの基だろう。(N生)